親父の命日。今年で20年。

3月3日は親父の命日でした。
早いもので20年が経ちました。
  
当時、ダンスや旅に明け暮れてばかりいた aka フーテンだった僕は、オヤジが死んだ時も中南米を旅していました。
まさかボクが会社をおこすことになろうとは、ボク自身も親父も想像すらしていなかった頃です。 

オヤジが経営者であることにさして興味はなかった。し、むしろ家族を養っていけるだけの生活費も稼げないくらいなら社長なんてやる意味ないんじゃないかって思っていました。
 
でも、やっぱり子供ながらに、稼ぎがゼロだろうがマイナスだろうが、「社長」って響きだけはなんかカッコよくて、友達には「ウチの親父は社長なんだぜ」ってよく自慢もしていました。
 
今思えば、稼げてないのは問題だけど、リスクを背負って自分がやりたい事を始めたオヤジはやっぱりカッコよくて、僕もその影響を少なからず受けているのだと思いました。
 
自分が社会人になった今だからこそ思うのだけど、オヤジに色々と相談もしたかったし、「おれもおやじに負けずにやってるぜ!」なんて話もしたかった。
 
従業員の給料を支払うためにサラ金に手を出した時の話とか、数千万円の不渡り手形をつかまされて倒産ぎりぎりだった時の話とか、起業してから20年経ったときにアップルコンピュータに拾われて初めて会社が軌道に乗り始めた時の話とか、聞きたかった事いっぱいだ。

まぁ、それでも死ぬ間際まで借金の返済は続いていて、死んだときの保険金でやっと完済できたくらいの文字通り借金まみれの人生だった親父。
 
20年経った今年もやっぱりまだボクは親父を超えることができてなくて、
でも、苦境に立たされている状況でも笑っていられる僕はやっぱり親父の子なんだなぁ。

蛙の子は蛙。
 
20回目の親父の命日。
西に向かって合掌。